講師プロフィール

1984.3 はり師,灸師、あん摩マッサージ指圧師資格取得
1984.4 東北大学医学部解剖教室研究生
1985.5 金沢大学医学部解剖教室研究生として学生さんと1年間解剖実習
1986.7 仙台市で「片平治療室」開業
2004.7 治療技術研究所(有)オステオパシーヒーリング設立
2008.4 女性専用治療サロン「ヒーリングセンターヘルメス」代表
2010.4 「女性治療家塾ヘルメス」主宰
2014.1 《体を元気にする》【一般社団法人日本パーフェクト整体普及協会】設立
2014.4 認定講師による「パーフェクト整体」ヘルメススクールを全国数カ所で開講
2016.1 《心を元気にする》【パーフェクトLife序破急スクール】スタート
2016.9 ハワイに渡りパーフェクト整体クリニックオープン

初めまして!片平悦子です。



私は、30年間整体の仕事をしてきました。そして、2012年より、重症の方の改善が早くなる整体方法「パーフェクト整体」を世界中に広めたいと活動しています。もうすでに日本では、一社)日本パーフェクト整体普及協会として活動が活発化し、全国に広まりつつあります。

30586750_2016-03-11_23-00-58_6T3A401430588491_2016-03-12_00-23-31_6T3A458130年間整体業をして、気づいたことがあります。それは、、、、、、《体》の痛みを取ることと、《人生》の痛みとることは、全く同じ考え方を使えば解決できるということです。もう・・・ そのことがわかってから私は、どうしても!どうしても!「このこと」を伝えたいと思うようになりました。

2014年に設立した協会が軌道に乗ってきましたので、それ以上にどうしてもやりたい、「このこと」を伝えるべく、2016年に活動を開始。実は2013年よりセミナーを内部で開催して、実験は積み上げてきていました。そして、ついに私が本当にやりたい「このこと」を伝える準備ができました。

少し長いですが、なぜこう思うようになったか?これまでの経緯をご紹介させていただきますので、最後までおつき合いくださいね。

《体》の痛みをとる方法 =《人生》の痛みをとる方法

一体これは、どういうことでしょうか?整体の仕事を30年してきてわかったことは、結局のところ、「痛いところだけ施術してもダメ」ってこと!元から断たなきゃダメってことです。

通常、コリや痛み・痺れなどの症状は、体全体の一番無理がかかるところに現れます。だからつい、そのコリや痛みをなんとかしたくなります。ところが、それはプロからすれば、コッている肩だけに問題があるわけじゃないってことです。

例えば骨盤が歪むと、肩甲骨はバランスを取るため上下左右に動きます。その状態でパソコン業務8時間!そりゃあ誰だって肩もコリますって。。。そんな時、肩だけマッサージしたら肩こりは解決しますか?もちろん、肩のマッサージはその時は気持ちいいですしリラックスできます。解放された気分に何時間かは浸れますが、では問題解決にはなっているでしょうか?

いいえ、問題解決にはなっていませんよね。

そんな時、私はどう施術するか?「パーフェクト整体」で体のバランスを整えていきます。すると、肩こりは勝手に消えていくのです。あれほど辛かった肩こりが雲散霧消します。そして原因である姿勢や、仕事方法を工夫すると永遠に肩こりから解放されます。

な〜〜んだ・・・同じだったんだ!!

これって、よく聞くことわざ「木を見て森を見ず!」ということです。私はついに、私たちの《人生》も肩こりのような《体》を治すのと同じだと気づてしまったんです。「木(症状)を見ないで森(体のバランス)を見れば万事解決」という訳です。

例えば私たちはつい、お金が欲しいと仕事一筋に頑張ります。可愛いはずの子供と遊ぶこともなく仕事三昧の日々。ハッと気づくと、家族との会話がなくなっていて寂しく感じたりします。人によっては、ある日熟年離婚を切り出される方もおられます。全ては家族のため、笑顔のために頑張ったはずがなぜこんなことになるのでしょうか?

《人生》も《体》と同じだとすれば、《人生》のいろいろな木が森として育つ必要がある。お金という1本の木だけ見て働いても、他の木がバタバタ倒れていったら豊かな森にはならない。

他の木とは何でしょうか?「妻との会話」とか「子供と触れ合う時間」とか「会社でのコミュニケーション能力」とか、《人生》に必要な他の木はもっとたくさんあるのです。その周りの木々を無視してお金の木1本だけを育てても森にはならない。。。。森全体がバランス良く豊かになることをすれば、お金の木も当然たわわな実りをつけるというわけです。

結局、《体》と《人生》って、よくする方法は同じ考え方なんだ!

《体》の治療で苦労に苦労を重ね、そのメソッドを確立し伝えている私だからこそ、私にはそれを伝える資格はあるだろう! 実践を踏まえた話だから、聞いてくださる方がおられるだろう! と思ったのがどうしてもやりたいと思っていた「このこと」をスタートさせるきっかけです。

30年前・・・

私は、鍼灸専門学校を卒業後、東北大学と金沢大学の医学部で各1年間、研究生として解剖実習をしながら体のことを学びました。その後、《体》を治療する整体師として仙台で開業しました。整体師時代は、訳あって5度も移転を繰り返すことになます。ラッキーにも、接客能力が本来の能力としてあったからか、どこに行っても3〜6ヶ月すると口コミで繁盛院になりました。

3度目の移転は山の中でした。山の中の湯治場と言ったらわかりやすいでしょうか?ど田舎の温泉地に家を購入し、自宅兼整体院として開業。この時はシングルマザーのため、見知らぬ土地で孤軍奮闘することになったのです。不安はいっぱいでしたが、自然豊かな環境の中、優しい地元の方達のサポートもあり、仕事に子育てに張り切っていました。

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ここでも、半年で新しい患者さんが、次々といらっしゃるようになり・・・

・終の住処も購入した
・かわいい子供もいるし
・生活するだけのお金なら困らない生活

そんな私でしたが、一つだけ悩みがありました。

「仕事」>「家庭」=「ごめんなさい」

それは、『仕事をしないで子供と向き合えたらどんなに幸せだろう』という悩みでした。だって、子供が親だけを頼りにしている幼子の時期に、十分子供と関われないのはとても我が子が不憫に思えたからです。

『ああ、子供は日々大きくなるのに、存分に遊んであげたいな〜〜…』
『ずっと、1日一緒に過ごしてあげたいな…』

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という思いが、心の底から湧きあがってきては、子供に申し訳ない気持ちでいっぱいになるのでした。そんな気持ちでいる時に不幸は続くものです。子供が可愛さ真っ盛りの3歳になった時、急に実父が脳卒中で倒れ緊急入院しました。診断の結果、医師からは「おそらく寝たきり、良くて車椅子の生活でしょう」と宣言されました。半年の入院生活を経て父は、自宅に戻らず、拙宅に退院してきたのです。

父は、入院中のリハビリではなかなか回復しない体を、私が治療すれば良くなると思ったのでしょうか?それからは仕事、子育てに父の治療と介護が加わりました。体力的にはギリギリの生活だったところに、父の治療と介護が加わったのです。

地獄の日々が始まりました。毎日、仕事が終わると、120分もかけて温泉療養に通います。帰宅してすぐ夕食ですが、子供の分とは別に、晩酌をする父のおかずを準備しなくてはなりません。食後は、父の体を治療して、24時過ぎてから、スヤスヤ寝入っている子供の寝顔をみて就寝。

「子供と関わる時間」「私の体力」が、どんどん奪われていきました。

半年が経過した頃、私は耳鳴りになっていることに気づきます。注意して観察すると、特に家の裏の自販機に大型トラックがエンジンをかけたまま止まっていると、耳鳴りが一層ひどくなるのでした。日に日にひどくなり、夜寝られないほどなのに耳鼻科では異常なしです。死活問題と感じた私は、その耳鳴りをなんとか治したいと思い、あれこれ本を読みあさりました。

そして、、、1冊の本と出会います。

「固い鉄の蓋」+「思い出せない」=「いい子」

その本に書いてあったことは、結構難しいので、かいつまんで説明すると・・・

人は、辛いことがあると、その記憶を【硬い鉄の蓋】でふさいで、表面意識では思い出せないようにするそうです。でも、表面意識では思い出せなくても、潜在意識には全ての記憶が記録されているので、過去と同じような感情的に辛い場面に遭遇すると、《体》は過去と同じように反応してしまうと言います。自分はまったく意識していないけれども、無意識に、その時と似た環境で同じ感情が作動し、《体》が同じように反応するというのです。

だから、あなたが今、《体》が辛く感情的に苦しいなら、その締め切っていた心の【硬い鉄の蓋】を見つけ、無理やりにでも、その蓋をこじ開けて辛い記憶を発見し、意味づけを変える必要があるという内容でした。私は、半信半疑ではありましたが、あまりにも苦しかったので、子供が寝てから毎晩その本を頼りに実践してみました。すると、私は小さい頃からずっと〈父が大嫌いだった〉ことを思い出したのです。

「トラックの音」+「父」=耳鳴り

父は、腕のいい大工でした。いつも父が、夜8時過ぎに突然連れてくる大工仲間への接客で、母はとても大変そう。大工の仕事以外は全て母に任せている父、元々の家業である「農家」「家事」「祖祖母の介護」と全てが母一人の肩にかかっていました。私は、〈母を苦しめる父が大嫌い〉でした。

また、父は長女の私をことの外厳しく育てました。正座させられ、父に叱られると蛇に睨まれたカエルのようです。恐怖でわなわなと唇が震え、何も言えなくなることが年に数回起こります。何も反論できないので、反省のために真っ暗な押入れに閉じ込められます。小学低学年の私にはそれは、恐怖以外の何物でもありませんでした。

だから、だんだん表面では全く逆らうことなく成長しましたが、実は心の中では〈父が大嫌い〉でした。その〈大嫌いな父〉が、私が学校が休みの日に家で大好きな本を読んでいると、電動のこぎりで「ウィーーーン」を仕事を始めます。

母をこき使う父、私の休日を緊張の1日に変える父。その電動のこぎりのモーター音が、トラックのエンジン音と重なり、小さい頃の日曜日の昼下がりに、〈心の底から父が嫌いだ〉と思っている自分を発見したのです。この発見は、自分では驚きでしたが、思い出してみれば、小さい頃本当にそう思っていました。

そこで、本に従ってその事実の意味づけを変えていきました。〈母をいじめる大嫌いな父〉と思っていたけど、子供3人年寄り3人を護る一家の大黒柱として、父は父で必死だったのだ。決して子供が嫌いではなかったのだ。愛情として厳しく育てたのだ。と。。。

半年ほど意味づけを変えることに取り組んでみると、どうしたことでしょう?

嘘のようにその耳鳴りが治ったではありませんか?めでたく父は、1年後には半身不随ではあるものの、自分で車を運転できるまでに回復し、自宅に戻って行きました。数年後に、父に聞いてみると日本が戦争に負けて、親として子供をどう教育していいか悩んでしまった。その時に入ってきた思想が、キリスト教の「性悪説」だったそうです。

「性悪説」とは、人は放っておくと悪くなるから厳しく育て流必要があるという考え方。その「性悪説」に「なるほどな…」と共鳴し、厳しく教育したとのことでした。その意味では、父も戦争の犠牲者だったのかもしれません。

「お姉ちゃんだから」+「妹」=「吐き気」

それから7年後、ますます治療院が忙しくなった私は、更年期を迎えていました。誰もが通る道ではありますが、体力の限界をヒシヒシと感じ始めました。

もう仕事がやめたくなったある日、自分は整体の仕事を辞めるとしても、このことで頼ってくる患者さんに迷惑を掛けては申し訳ない。ならば、私がオリジナルに開発した「パーフェクト整体」メソッドをなんとか後継者にお伝えしてから引退しよう。既存の患者さんのためにもそうすべきだと決意しました。実現するためには

「スタッフを雇って規模を大きくするしかない!」
「できれば、塾で教えて治せる整体師を増やしたい!」

と思うようになっていた私は、新たに自宅から車で90分の市内に院を構えました。

最初に事務として手伝いに来てくれたのが、私の実の妹でした。当初はとても気がきくし、接客が上手で助かるなと感謝していました。ところが、だんだん息苦しく感じるようになってきたのです。なんということでしょうか?半年後には、妹が早く帰ると、気持ちがとっても軽くなるのを自覚するようになっていました。

我慢ができないくらい自分の感情が辛くなってきて、父の時と同じワークを試したのです。すると、驚くことに小さい頃、〈妹にも嫌悪感を持っていた〉自分を発見したのです。驚きでした。

妹は、全く何も悪くないです。でも、いつも妹と一緒に遊びに行き、妹の面倒を見るのが姉の私の役目でした。妹の機嫌をとったり面倒を見たりしないで、思いっきり自由に遊びたかった小学校時代の自分。それなのに、その本心を、家族に言うことができずに大きくなったのです。

また、祖母や周りから「姉妹仲良くしなさい。」「あなたはお姉ちゃんでしょ!」と言われて育ち、いい姉を演技して、ネガティブな感情を全て心に閉じ込めていたことにも気づいたのです。妹に対して、「あんたなんか、大嫌い」 「あっち行け!」などと喧嘩できたら、その感情はエネルギーとなって消えていったはずです。

はっきり言えば、〈自分の感情に、いつも嘘をついて生きてきた〉ということです。それをどこにも吐き出すことなく。

「毒を吐く」+「褒める」=「本当の自分」

ワークをしながら、なんて損な役回りで生まれてきたのかと思いつつ、そのドロドロの気持ちを見つけては感情をクリーニングしていきました。すると、だんだんと、職場に妹がいても嫌ではなくなり、妹の立場や手伝ってもらえていることに感謝できるようになったのです。すると、あら不思議、環境が変わりだしました。

妹は自分で起業したいからと退社しました。その後、整体院には次々と働きたいという人が現れるようになり、院の規模は6人のスタッフを抱えるまでになりました。当初、いくら募集をかけても誰も面接にすら来なかったのに、妹への感情のシコリが消えたら、若い女性がスタッフにして欲しいと次々と面接を受けに来るようになったのです。

自分の夢が、心のクリーニングで実現できることに自分でもびっくりしました。念願だった「パーフェクト整体」塾に向けての準備も同時進行で動いていました。

子供が生まれた頃から、心(潜在意識)の勉強を始めた私。このような現実の変化が増え、より一層心の世界を研究し始めた私。体の治療を受けている患者さんからは、様々な悩み相談を受けるようになりました。さながら、治療院は、「治療+悩み相談所」の様相。

すると、

・離婚の危機だった友達がご主人と仲直りできた

・お姑さんと上手に距離をとって生活できるようになった

・子供の非行が治った

・条件通りの再就職先が急に決まった

・売上が昨年比で3倍近くになった

等々、相談者に驚く変化が見え始めたのです。潜在意識のカラクリを知っていれば当然なのですが、知らない人から見えば奇跡のようなことばかりです。

「わくわく」+「心からの疼き」=「使命」

そうするうちに私は、私の本当の使命は体を治すことだけではなく、《体》と心の両方を治す仕事をすることだと思うようになりました。

なぜなら、私たちは、忘れていることがあるからです。それは、私たちには、地上を去る日が必ずやってくるということです。その時に《体》は焼いて地上に置いていきますが「心」はあの世に持って帰ります。生きていくために《健康な体》は必須です。でも、「あの世には「心」だけを持って旅立つなら、「心」こそ幸せで豊かなものにしておくべきではないか!」そして、私は「それこそが使命ではないのか?!」 と、だんだんそう思うようになっていきました。

まず、2012年から上京して、《体》を治すプロを育てるべく塾を始めました。卒業生が100名を超えたので、2014年に「一般社団法人日本パーフェクト整体普及協会」を設立。認定講師を養成し、「パーフェクト整体」メソッドの技術伝授活動を軌道にのせました。

そして2016年から、いよいよ心を治し《人生》を豊かにする仕事に取り組み始めたのです。2月16日は私の誕生日。2016/2/16の数字を見て、これも偶然ではないと思いました。

私の人生後半の使命は、《体》と心を元気にして、出会う方々の《人生》を豊かにすることです。

(その後、事情が変わり、ハワイでパーフェクト整体クリニックをオープンすることになり、2017〜2018年にかけては、ハワイと日本を往復しています。そのぶん活動スピードが半分にダウンしましたが、使命を見失わず活動したいと思っています)

《体》の痛みをとる方法 =《人生》の痛みをとる方法

少しだけ具体的に話しますと、「パーフェクト整体」では、《体》を治す時には、全身の8つのバランスを診て調整したりアドバイスをしていきます。

①関節
②体液(血液、リンパ液、脳脊髄液)
③筋膜・靭帯(スジ)
④全身のエネルギーバランス
⑤食事
⑥睡眠
⑦呼吸
⑧姿勢や体の使い方

同様に、《人生》を豊かにするには8つのバランスが必要です。8つのバランスを足したり引いたり、掛け算したり割り算したりして、自分の心地よいバランスで計算式を作ります。すると、その計算式通りのあなたの望む人生が現れてきます。それは、まるで方程式のようです。

①人間関係(家族を含む)
②お金
③ビジネス
④一人の時間
⑤精神性
⑥楽しみ
⑦環境
⑧社会貢献

あなたがもし現在お金で悩んでいたら、これら8つのバランスが取れた時、お金の問題は解決しています。木を見るのではなく森を見ながらバランスを整えたから、《人生》が豊かになるのは当然の帰結です。

私達は誰でも、自分の潜在意識の中に、子供時代からの経験を経て何かを刷り込んでいます。何かをみると、反射的にそして無意識に何かをイメージし、さらにこれまた、無意識に何かの感情が湧きあがります。情けないほどの前出の私の経験でも想像できるように、小さい頃に刷り込んだものの影響が大きいこともわかっています。ですから、意図的に小さい頃の自分を思い出し、この8つの分野にスポットを当て、自分なりの心地いいバランスを発見すれば《人生》は豊かで幸せなものに変わるのです。

私が50代半ばになって、「金なし・コネなし・情報なし」の五里霧中の状態から、急に上京し、2年ごとにやりたいことを実現しているのを見れば、それが嘘ではないとわかっていただけると思います。ハワイではさらに、言葉が通じない、文化が違う中でのスタートでしたがなんとか半年で軌道に乗せることができました。《潜在意識の秘密を知って使える》ようになれば、私のような田舎のおばちゃんでも、協力者が現れ、世界に羽ばたくことができるのです。しかも短時間で! まして、あなたが男性なら女性よりもパワーや人脈があるのですから、もっと早いスピードで実現するのが当たり前だと思いませんか?

「今」+「100年」=「誰もこの世にはいない」

このメッセージをお読みの方は、私も含め100年後には誰もいないと思います。いずれ死を迎えることを条件に生まれてきた私たち。その生きている時間をどれだけ有意義に価値あるものにするか?!

「あれもできなかった」
「これもできなかった」
「なぜあの時やらなかったのだろう」

と、後悔のうちに最後の日を迎えるのは寂しいと思いませんか? 私は、最後の日に

・いい《人生》だった、
・《心》も《体》も充実して精一杯生ききった
・出来る限りの事はやりきった

と言って、天国に旅立ちたいと願っています。私は、同じような想いの方のために、自分の経験と、経験から得られた知恵を活用してそのお役に立ちたいと思っています。

同じような想いの方とは誰か?

それは、このサイトに関心を持ち、ここまで読み続けてくださったあなたのような方です。

・仕事も生活も人並みだし中の上だけど、このままではよくない気がする。
・もっとやれることがあるはず!と思うのに自分には何の能力もない気もする。
・自己啓発セミナーにあれこれ参加したけど、なかなか変わることができなかった。

そんなあなたとご縁が繋がったら嬉しく思います。

私には、整体で《体》をほぐした結果、本音の悩みを打ち明けてくださったたくさんのお客様がおられました。そこで、それぞれの悩みを伺い解決するヒントを提供してお客様の《人生》が変わった経験が約12年あります。

その整体師としての個別相談の経験や、経営者として3つの組織(株式会社、協会、 LLC)を運営している経験を生かし、あなたが本来の自分自身を取り戻し、より幸福で豊かな《人生》を生きるお手伝いをしていくことが、今まで私を助けてくださった方へのご恩返しになると思っています。

いつの日か、日本から世界に向けてこの活動が広がり、誰もが自分らしい幸せ《人生》を実現する時代が来たらいいなと願っております。

片平悦子


《追伸》

あえて私のネガティブな体験を書かせていただいたのは、多くの方に似たようなことがあるかもしれないと思ったからです。『まさか?!自分は違う!』と思うかもしれません。『似たようなことが自分にもある…』と思うかもしれません。どちらにしても、私たちは潜在意識で想った通りの《人生》を送っています。

私のメッセージをご覧になって、

『バカ言ってんじゃないよ』と思う方は、そう言いたくなる人生を送っていることでしょう。
『わかる・わかる…』という方は、それを乗り越えてこられた方でしょう。
『似たことがあるからなんとか解決したい』と思われる方は、ぜひどこかのタイミングでお会いできますように! 願っています。

最後に天国に帰った父と母、ふるさとで頑張っている妹に感謝を捧げます。父と妹から気づきを得たからこの「パーフェクトLife」のメソッドが出来てきました。そして父を最後まで介護してくれた、弟と義妹にも心から感謝を捧げます。彼らがいてくれたから、長女なのに私は自由に好きな場所で仕事が出来ています。多くの出会いに恵まれ、周りの皆様に支えられ、今があることに心から感謝しております。


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