パーフェクトLife初級(自身探求1日目), 片平悦子のつぶやき

幸せって?

福島の店員2人の寿退社。

送別会に参加して帰る新幹線で
思い出したことがある。

File 1-17-16, 6 06 09 PM

むか〜し昔の
若かりしころの一コマだ。

結婚を前提に
つき合っていた彼が言ったこと。



「なんでそんな風に思うの?」



その顔は、とても寂しそうだった・・・



でも、
そんな顔をする彼の心の内が、
私には全くわからなかった。

結婚を迫る彼に

「私のどこがいいの?」
「鼻は低いし、ブスだし、
 スタイルも良くないし・・・」

それを聞いて、彼は本当に寂しそうだった。

彼は、
私の全てを受け入れて
「いい」と思ってくれたのに

当の私ときたら、自分の外見を、
自分の価値基準に合わせて判断して
勝手に自己卑下していた。

もっと言えば
どうして私はこんなに醜く
生まれてしまったのだろう。

おまけにこの
デブに分類される体重!

自分の容姿を呪いたくなるほど
嫌いだった。

彼にすれば
自分が可愛いと思っている人のことを
その本人から全否定されてしまった形だ…

自分が真剣につき合って
『自分が選んだ彼女こそ最高の人!』
と思いたい彼の気持ちを、

私は、ズタズタに引き裂いたのだ。

何十年も経って、初めて
彼のそのときの気持ちがわかる
ようになった。

誰も、
芸能人のような美人さんを
求めているわけではない。

つきあいの中で、きっと彼は
鏡には映らない、私の良さを発見して
キレイに見えていたのだろう。

なのに、その頃の私は
鏡に映る自分が全てだと思っていた。

「心」なんて
まるで見えていなかった。

ううん、正直に告白すれば
「心が大事」という親の意見を
古い臭い考えとして一蹴していた。

今思うと本当に恥ずかしい。



時が流れていく。

私が32歳のとき母が急逝した。

そのあたりから
「心」や「見えない世界」について
想いを馳せるようになった。

だって、
昨日まで会話していた親が

死を境に、
今日は何を言っても返事一つ
返ってこないなんてどういうこと?

いきなりの死を
どうしてもどうしても
受け入れることができない父と私。

父は怒りをぶつけまくり
私は押し黙って堪えるしかなく
陰で泣く日が1年半も続いた。

「人生って一体何?」

「なんのために生まれてきたの?」

「死んだらどこに行くの?」

だんだんと
心の世界を見つめていくうちに

「親子の関係だって、
 彼との関係と同じなんだ」と気づいた。

自分が愛してほしい時に
望む形の愛し方はできなくても
いつも娘のことを思っていた親。

それなのに、
満たされなかったことにばかり
意識を向けて不幸を嘆く娘。

どんなに辛い親業だったことだろう。

今になれば、両親に本当に
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

そして、本当は逆なのだ。

気づいてみると、
真実はいつも逆のところにあるのだ。

親に感謝できない自分
逆恨みする自分だったから

彼にも感謝できず、褒められても
否定して返す自分だったのだ。

そんなことに気づいて
周りを見渡すと、同じような人の
なんと多いことか!!

自分のような
不幸で遠回りする人生を送る人が
一人でも減りますように!

人それぞれの幸福の形があることに
一人一人が気づけば誰もが幸せになれる
ことをなんとか知ってほしい、気づいてほしい。

そんなことを願って
自信探求セミナーは始まった
ことを思い出した。

そして、新幹線はあっという間に
終点…東京に着いた。

              片平 悦子